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松江地方裁判所 昭和30年(行モ)1号 決定

申請人 伊藤恕介

被申請人 島根県知事

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請代理人は、「被申請人が昭和二十九年十二月十七日附をもつて、島根県邇摩郡温泉津町ロの七十番地内藤淳作に対して与えた同所震湯温泉における温泉動力装置の許可の執行を停止する。」との決定を求め、その理由の要旨として次の通り述べた。

申請人は島根県邇摩郡温泉津町ロの二百八の一番地において温泉を掘さくし、採取した温泉を申請人経営の浴場元湯温泉に使用しており、申請外内藤淳作は申請人の温泉より僅か一町位離れた同所ロの七十番地において温泉を掘さくし、採取した温泉を同人経営の浴場震湯温泉に使用しておるものである。しかるに右内藤淳作は前示震湯温泉におけるゆう出量を増加させる目的をもつて昭和二十九年十二月三日被申請人に対し、温泉動力装置許可の申請をなし、これに対し、被申請人は同月十七日自動注油式テールポンプ(規格口径二吋、揚程二十吋、シリンダー径四吋、回転数二百六十、回転動力二馬力)の装置の許可を与えた。

申請人の温泉においては昭和二十九年十二月二十六日現在においてそのゆう出量は、毎分四十六、八リツトルであつたが、前示動力が使用されてからは毎分二十、三リツトルに激減し、温泉利用の目的を達すること不可能の状態にたちいたつた。右の次第で被申請人の内藤淳作に対する前示温泉動力装置の許可は原告の温泉利用権を著しく侵害する違法な許可である。

又知事が温泉動力装置の許可を与えるについては温泉審議会の意見を聞かなければならないのにもかかわらず、被申請人は島根県温泉審議会の意見を聞かず前示許可を与えているからこの点においても、前示許可は違法である。

更に、申請人の温泉と内藤淳作の温泉との距離は僅かに一町位であり、このように近接した温泉に動力装置の許可を与える場合には、申請人の意見を聞くべきであるにもかかわらず、被申請人は申請人の意見を聞かずに前示許可を与えたからこの点よりするも前示許可は違法である。

以上いずれの理由によつても被申請人が内藤淳作に与えた前示許可は違法であるから、申請人は右許可取消の訴を松江地方裁判所に提起し、同庁昭和三十年(行)第一号温泉動力装置許可取消の訴として係属審理中であるが、右動力は常時使用されており、このまま継続するときは申請人の温泉は枯渇し、営業の継続は不可能に帰し、著しい損害を被むることになり、正に償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるから、被申請人の与えた前示温泉動力装置許可の執行の停止を求める。

なお、被申請人が持廻りの方法により温泉審議会の意見を聞いたとしても、それは島根県温泉審議会条令に反する措置であるから、前示許可が違法であることには変りがない。

被申請代理人は、右に対する意見として主文第一項と同趣旨の決定を求め、その理由の要旨として次の通り述べた。

申請人並びに内藤淳作が申請人主張通りの温泉を掘さくし、採収した温泉を使用して浴場を経営していること、被申請人が内藤淳作に対し申請人主張の如き許可を与えたことは認めるが、その他の事実はすべて争う。

前示動力装置により申請人の温泉のゆう出量が減少し、損害が発生したとしても、右損害は償うことができないものとはいえない。被申請人は所謂持廻りの方法により島根県温泉審議会の意見を聞いた上、前示許可を与えているからこの点については何等の違法はない。従つて被申請人の本件申請は却下さるべきである。(疏明省略)

理由

申請人並びに内藤淳作が申請人主張の如く温泉を掘さくし、採取した温泉を使用して浴場を経営していること、被申請人が昭和二十九年十二月十七日附をもつて内藤淳作に対し、その経営する浴場震湯温泉における温泉動力装置の許可を与えたことは当事者間に争がない。

甲第二十三号証、証人原内浅治郎、瀬野錦蔵の各証言並びに申請人本人尋問の結果、鑑定人瀬野錦蔵の鑑定の結果及び検証の結果を綜合すれば、申請人経営の元湯温泉におけるゆう出量は昭和二十九年十二月二十六日現在において毎分四十六、八リツトルであつたところ昭和三十年二月五日には毎分二十、三リツトルに減少したがその後増加し、同年七月頃まで大体において毎分二十五リツトルから三十五リツトルの間を増減していること、右減少は主として季節的変化に原因するものであるが、前示動力の使用もその原因の一であることが疏明できる。

しかしながら、当公廷に顕出された全疏明をもつてしても、申請人が前示ゆう出量の減少により償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるとの点の疏明に十分ではないから申請人の本件申請は理由がない。

よつて申請人の本件申請は失当としてこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 山崎林 高橋正男 青山惟通)

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